ってもし聞かれたら「全て」って答えると思いますがいわゆる宗教信じとる人って人格神としての神?イエスさんとか?を信じとるんですかね?

今んとこに引っ越してきてから二回ほど宗教的なもんの勧誘が家にきたんですがすぐ追い返しちゃったんですよねー。今考えると少し話きいても面白かったかもしれませんなー。

キリスト教だったかと思うんですが教義的なもんにまず信じろ的なもんがありませんでしたっけ。信じれば救われるみたいな。

それって盲目的に人の頭が作り出した神を信じさせて依存させて思考停止させてるようにしか見えんのですよね。

自分が宗教的な神を信じないのはとてもシンプルで

自分は一生自分だから。

と、それだけなんですがつまり自分は他人と入れ替わって他人の人生を経験したり100%他人の心を理解したりできるわけないですよね。

なもんで自分の内に神的なもんを見出して信仰するほうがよっぽど合理的な考え方なんじゃなかろうかって感じるわけですよ。

ファティマ的な奇跡が目の前で起ころうがそれは自分の内を通じて外の世界に現れた「経験」の一つで経験が意識を変容していって自意識が拡大していって・・・。

その自分の意識がこの世界で経験できる全てなんだからその意識だけを信仰すればよくね?って思うわけですよ。

他人を信じるなって言うとるわけじゃないんですよ?ララァならわかってくれるよね?

まーなにが悪いんか考えたらやっぱ「依存」ですよね。

精神的、肉体的、金銭的、その他諸々の自分以外への依存。

依存が自分を自分じゃなくする主たる要因なんじゃねぇーかなー。